
ヒストリー
1999年7月 らいずのサッカー記事を読み、サッカー試合の申し込み。急きょチームを作り、ワークイン空との初試合。結果は職員2点、フィーゴ1点 3−0の完勝。その後、月イチペースで練習に励み試合相手を探すがなかなか見つからず。
そんな中、央建設からスポンサーの申し入れ。央さんのご好意でユニホーム、サッカーボールを購入。
2001年、三鷹の作業所職員チームと2年ぶりの試合。暑さもあり、歴史的大敗。奇跡的なパスのつながりでなんとか1点をかえすのが限度。大敗の屈辱を味わう中やはり、負けの後遺症をひきづりつつ、現在に至ってしまう。
2002年6月 世間は日韓W杯。日本戦はサッカー部が集まり、作業所にて観戦。やはり「まずは体力」で意見が一致。
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